#7 ひとかけらの幸せ

1月中旬ごろから、百貨店、ショッピングモール、スーパー、あらゆるところでチョコレートが並び始めると、「ああ、今年もやってきた」とワクワクする。

 

幼い頃からチョコレートが好きだった。それもカカオ含有率が高めのもの。中学生の頃、勉強のおともは明治BLACKのミニが30個ほど入ったボックスで、問題集のこのページまで頑張ったら一つ、と決めていた。その習慣は高校、大学と続き、今でも家には必ず黒い箱が置いてある。

 

大学入学と同時に大阪に移り住み、初めて百貨店バレンタインのイベントに行った。私の知らないチョコの世界がそこに。チョコのお祭りだった。大学生の私にとって、ショーケースに並ぶ有名ショコラティエの美しいボンボンたちは正直手が届かない存在だったので、社会人になったら、ここで、ちょっと背伸びして良いチョコレートを買うと決めた。

 

2023年。今年こそ背伸びをする時だと思い、まずはインターネットでバレンタイン催事を調べまくり、チョコ好きで有名なインフルエンサーの方やスイーツ雑誌の編集の方の発信を見てから、百貨店のバレンタインカタログを見る。絶対にこれは欲しいというお目当てをいくつか決めた。

 

早起きをして、開店と同時くらいに到着できるように電車に乗る。福袋だとか、何かイベントの整理券だとか、そのために早起きして並ぶという経験が無いのでワクワクドキドキ。行ってみるとすでにそこには想像よりも遥かに多くの人がいた。朝からこのイベントにこんなにも人が集まっているなんて。バレンタインってすごい。私のように自分へのご褒美で買いに来た人もいれば、誰かのために買いに来た人ももちろんいるだろう。朝早く起きて、準備をして、並んでまで、美味しいものに自分の思いを乗せて届けたい人がいて、そしてそれを受け取る人がいる。そう思うと、何だかこちらまで素敵な気分になる。

 

会場はチョコ好きにとっては楽園だった。目が幸せ。香りが幸せ。ありがとう世界のカカオ農園の皆さん。ありがとうショコラティエの皆さん。ありがとうここにチョコレートを届けてくれた全ての人たち。お目当てを手に入れた後、実際に見たら購入したくなったものもいくつかあり、予算を少しオーバーして幸せなお買い物終了。想定内だし、許容範囲だろう。うん、きっと、多分。大丈夫だ。何てったって社会人の私には「お仕事頑張ったから」という伝家の宝刀がある。

 

賞味期限が早いものもあり、ちょうど仕事がとても忙しい日の翌日が休みだったので、人生で初めての贅沢チョコレートを開けることにした。ゆっくりと静かに箱を開く。美しい。表面の表現が全て違う。写真を何枚も撮った。なぜか深呼吸をして、一口齧った。衝撃。歯に当たった時のチョコレートの繊細さが今まで食べてきたものとは段違いで、その瞬間に香りが広がる感覚に驚き、思わず部屋の中に1人だったのに小さく「えっ」と声が漏れた。ゆっくりと味わう。舌の上で小さなかけらが消えるその時まで風味の世界が口の中で広がっている。また新たな沼に自分から足を突っ込んでしまった、と思った。

 

小さなチョコレート一粒は一瞬で終わってしまうけれど、その一瞬の幸せを楽しんでいる自分、大人なのでは?と自分に酔う。そんなことを思っている時点で考えが子供なのは承知しているのだが、最近ではそのちょっと甘い自己満足で自分のQOLが上がるとも思っているので、客観的にみると「痛い」ようなことも1人でいる時には浸ることにしている。

 

今日も私はチョコレートを食べている。だって、「お仕事頑張ったから」、良いよね。