#14 光る羽根で

あの日以来、ずっと、迷子だ。自分の気持ちを探して、探して、それでも見つからなくて彷徨っている。

 

この息苦しさをどうにかするには、私は言葉にするしかなくて、じゃあなぜ日記ではなくてここに書くのかと言われれば、おそらく外と繋がってこうでもしなければ、自分が壊れてしまいそうだからだ。ただの自己中心的な、所謂「お気持ち表明」なので、誰かの心を傷つけてしまったらごめんなさい。

 

あの日、涙も出てこなかった。あまりに現実味がなくて、受け入れられないからか正常性バイアスが働いたみたいになって、ずっとぼんやりしたままスマホの画面を見て過ごした。

 

こういう時にはいつもHey! Say! JUMPの音楽を聴いたり、ライブのDVDを見たりすれば元気になっていたのに、それができない。いつもの癖でアプリを開き、再生ボタンを押しかけて、怖くて手が止まる、を幾度となく繰り返した。

 

たくさんの言葉。考え。想像。曲解。考察。

何を信じたらいいのかわからず、惑わされてはダメだと持ち直し、自分の目で見てきたことを信じようとすると、「どうして」ばかりが身体の中でこだまする。

毎日何度もInstagramを見に行っては、idolの文字があることに安心している。何の安心なのかはわからない。

悲しくて、辛くて、わからなくて苦しかった。でもそんな中、他のメンバーのことを好きな方たちが、私と同じように寂しい、悲しいという気持ちを吐露してくれて、どうしてと思ってくれていたのが、私のずたずたな心にとっての救いでもあった。変なこと言ってるってわかってるけど、Hey! Say! JUMPの中島裕翔は、裕翔担だけじゃなくて、JUMPファンみんなから愛されたアイドルだったんだなあ、なんて当たり前すぎることを再確認した。

 

他のメンバーのファンからするとライブの裕翔くんはずっと「忙しい」し、「元気」らしい。自分の入っていない公演後に他担の妹や友人に聞くと、「今日も裕翔くんは元気だったよ」と教えてくれる。「ライブ中ずっと裕翔くん双眼鏡で追うのって絶対忙しいよね」と言われたこともある。その通りすぎて、いつもそのオタクたちと笑い合っていた。今も書きながら思い出して、ちょっと笑えて、ちょっと泣けた。忙しいけど、私がずっと見てきたライブの裕翔くんは、温かくて、ファンと対等にいて、全力で愛を届けてくれる人だ。いつも同じ目線でいようとしてくれる人だ。手を振る時の眼差しも、激しいダンス曲なのにステージ下に顔を向けてくれるのも、ファンサうちわの内容に困り眉でなにそれって笑ってるのも、報告うちわにおめでとうって拍手してるのも大好きだ。なるべく多くのうちわに応えようとしてくれるのも、その応えた内容が細かすぎて双眼鏡で見ただけでは伝わらないのも、大好きだった。曲のあらゆるインストを拾ってエア楽器を奏でているのも(ちなみに楽器の種類は多岐にわたる)、自分の立ち位置に近い客席ブロックのペンライトを統べる先生になってくれるのも、その後拍手でよくできました、って褒めてくれるのも、全部好きだ。いつだって目の前にいる人を楽しませようと全力で、誠実で。私に人生初めてのファンサをくれたのは、裕翔くんだった。

 

「僕たちとみんなで、見たことない景色を見に行きましょう。」

この言葉がずっと好きで、Hey! Say! JUMPの中島裕翔くんが見せてくれる景色が好きだった。優しくてまっすぐでちょっと甘さの溶けた歌声が、身体からリズムが聴こえるようなダンスが大好きだった。ドラムの音が、タップの音が、ゆうじっくの声が好きだった。ペン回しのようにいとも簡単にハンドマイクを回すのも、踊りながら乱れた髪を耳にかけるのも、トロッコの安全バーを回し蹴りで閉めるのも全部愛おしい。

 

今回の文章の中に「沢山の見たことない景色を一緒に見ることができました。」と書いてあった。ライブで直接裕翔くんの口から聞けることもあれば、口にしないときもあったけど、裕翔くんはこの言葉をずっと信念のように貫いてくれていたんだと思った。ファンとしての自分勝手な祈りでしかないけれど、これまでの景色が裕翔くんにとって、美しく楽しい思い出になっていたらいいな、と思った。

 

Hey! Say! JUMPの中にいる裕翔くんが好きだった。裕翔くんは、メンバーがゴミや使い終わった小道具を持っていたら「もらうよ」って言ってくれる人で、インスタライブの画面操作を真っ先にやってくれる人で、誰かが失敗しても、すかさず「大丈夫だよ」って小声でも言ってくれる人で、嘘が下手で、曲がったことが嫌いで、褒められるととんでもなく照れる人で、ときどき「こら!裕翔!ダメでしょ!」って怒られちゃう人で、ケーキの上のプレートを真っ先に食べちゃう人で、メンバーのことを静止画でも動画でもずっと嬉しそうに撮ってる人だ。いたジャンの2人の5分、お題の紙を拾ってくれるのはほとんど裕翔くんだったし、ライブMCで下手側の給水セットのカゴをいつも持ってきてくれるのも裕翔くんだ。大丈夫かと心配になるくらい、常に周りを見すぎるくらい見ている人だ。そういえば、「ぽかぽか」に出演した時TravisJapanの松田元太くんも同じようなこと言ってたな。

 

誰か、裕翔くんのこと「裕翔!ダメでしょ!」って怒って戻してくれないかな。「裕翔ー!みんなで写真撮るよー!」って呼んでくれないかな。

 

裕翔くんが撮るHey! Say! JUMPが好きだった。前後2列で並ぶ時、前にいるメンバーの肩に置く手が好きだった。裕翔くんがメンバーを呼ぶ声が、メンバーが裕翔くんを呼ぶ声が大好きだった。私が見て勝手に作り上げた人物像でしかないけれど、裕翔くんは力強くてしなやかである一方で、時に危うさを感じるほど、儚さと脆さを併せ持った人だった。だから、裕翔くんがHey! Say! JUMPのことを「居場所」と形容した時、どうかこの温かい居場所が無くなりませんように、常に裕翔くんに対して開かれていますように、と願った。なのに、ああ、どうして、と身体の中でまた、自分の声が響く。

 

a-nationの配信を見て、あの日からずっと泣いていなかったのに、というより泣けなかったのに、初めて泣いた。頭が痛くなるくらい泣いた。声が足りなくて、私の大好きなハモリがなかった。いないはずなのに、脳内では全部裕翔くんがいる画で再生できて、また泣いた。煽りも、表情も、手の動きまで、それはもう自分でも気持ち悪いほどに再生できて、頭では大好きな声が聞こえてくるのに、画面にはいなくて、涙が止まらなかった。

7人と、そしてあの会場にいたファンみんなにありがとう、と心から思った。あのステージに立ってくれたこと、裕翔くんのパートをそれぞれに背負ってくれたこと。会場でペンライトを振ってくれたこと、JUMPコールをしてくれたこと。たぶん他にも感謝の理由は沢山あって、でも言葉にうまくできなくて、只々、ありがとうと思った。

 

ここからはわがまま。たらればを言い始めればキリがないのはわかっている。自分と周りを苦しめるだけなのもわかっている。そうできなかった事情があるのも、それがそう簡単に明かされるものではないのだろうということも全部全部わかってる。でもごめん、言わせてね。せめて、最後に8人の姿を見たかったよ。卒業ライブを見たかった。もちろん卒業なんてしてほしくない。でも、最後だとわかって8人を見ていたら何か違っていた気はする。叶うのならば、ステージの上で、スポットライトを浴び、美しく紙吹雪が舞う中でメンバーの輪の中にいる裕翔くんに向かって、泣きながらありがとうって言いたかった。降り注ぐ紙吹雪をつかまえようとしてる裕翔くんを見ながら、ずっと変わらないな、なんて笑いながら水色のペンライトを振りたかった。

 

今も夢じゃないかと思ってる。毎晩眠りにつく時、明日になったら、全部元通りになってるんじゃないかなと本気で考える。舞台や映画「インターステラー」を見て、宇宙についてほんのちょっとだけ知識や考え方を得たせいで、私が宇宙に行けたら、裕翔くんが幸せにアイドルでいられる別の時空の宇宙に行くことは可能なんだろうか、と変な想像をするくらいには恋しくて寂しくてたまらない。この文章を書きながら、過去形を使うのが苦しくて、何度も書いては消しを繰り返した。

 

私はHey! Say! JUMPが好きだ。今も自分の気持ちでわからないところが多すぎるし、今日現在、a-nation以外で一度も曲を聴けていないけど、Hey! Say! JUMPはこれからも応援する。Hey! Say! JUMPのことが好き。これだけは胸を張って言える。多分、こんな未練たらたらなファンでごめんなさいと思いながらも、ライブに行くと思う。Hey! Say! JUMPと見たい景色がまだ沢山あるから。Hey! Say! JUMPのあの空気が好きだから。私にとって居心地の良い場所だから。

 

裕翔くん、今どうしてるかな。元気だといいな。どうか裕翔くんを包む空気が温かく優しいものであってほしいと願っている。これからまだ続いていく裕翔くんの人生が幸せに満ちたものであって欲しいと願っている。好きなことをして欲しい。沢山笑っていて欲しい。願えば願う程、「アイドルの永遠」を望む私自身の願いが叶うことがない、というジレンマに押しつぶされそうになるけれど、本気で裕翔くんの幸せを願っている。

内情はわからないけれど、Hey! Say! JUMPのメンバーがこれからも裕翔くんにとってかけがえのない存在だったらいいな、と縋るように願っている。

 

ああ、忘れたくないな。全部忘れたくないよ。自分の記憶が永遠だったらいいのに。人間の記憶は時と共に薄れていくという事実を、こんなにも悔しいと思ったことはない。アイドルの裕翔くんの記憶は、アイドルの裕翔くんの記憶で更新されていくものだと当たり前のように思っていた。

 

アイドルの中島裕翔くんが大好きだった。そしてこれからも、きっとこれからの人生ずっと、私はアイドルの裕翔くんが好きだ。裕翔くんのこれから、を応援するためにこの気持ちを胸の奥底にしまおうと思ったけれど、今の私には到底無理だった。いつかできるのかもしれないけど、そうしたくない自分もいる。裕翔くんは最高のアイドルだよ、って言い続けたい。

 

裕翔くんを好きになってから、毎年お誕生日にファンレターを書き続けていて、欠かさず同じ一文を書いていた。来年も、再来年も、もうこの文を書くことは無いだろうから、ここに、今までのありったけの感謝を込めて残しておくことにする。最高に素敵で、最高に水色が似合うアイドルが好きだった自分を忘れないように。

 

「裕翔くん、アイドルでいることを選び続けてくれてありがとう。」

#13 私が、私でいられるように

舞台「みんな鳥になって」を観劇した。この舞台がくれたものがあまりに大きすぎて、今も余韻の中をふわふわと漂っている。大千穐楽を見終えた夜、お風呂に入りながらこの舞台のことを考えていたら一気に様々な思考と感情が押し寄せてきて、爆発した。数分間涙が止まらなかった。なぜ自分は浴室でこんなに泣いているんだろう、とどこか客観的に思いながらも、この美しい舞台について反芻していた。

 

他人に影響を与えるような考察を書けるほど本当の意味での深い理解をできているとは思えないし、知識の共有なんてもってのほかで、まだ知らなければいけないことがたくさんある。薄っぺらい自分語り多めの感想しか書けないかもしれないけれど、文字に残しておきたいと、そう思った。もしこれを読んでくださっている方がいるのだとすれば、こんなことを思う人もいるんだな、くらいに感じていただければ幸いだ。

 

私が世田谷パブリックシアター公演を初めて見た時、あまりの衝撃に放心状態になりながらも、座席を立ち、即座にスマホの電源を入れて、まるで走り書きをするようにメモアプリに残した言葉が3つある。

 

「約束」「名前」「言語」

 

冒頭に書いたように、この作品が私にくれたものは私のキャパシティを超えるくらい沢山あった。だからここには、特に心に響いたこの3つの言葉についてひとまず置いておく。残りはまた別に、完成はいつになるかはわからないけど相変わらず取り留めもなく書くと思う。

 

「約束」

約束って何だろう。約束を破ってはいけないと教えられてきたし、良くも悪くも真面目な性格だと自覚している私は、約束を破らないように生きてきたつもりだ。でも。それが揺らいでしまう。

ユダヤ教にとって大切な旧約聖書において、「約束の地」というものが存在する。神がイスラエルの民に与えると約束した土地。争いには様々な要因があるけれど、その中にこの「約束」が多かれ少なかれ絡み合っているのだとするならば、約束って何なんだろうと考えてしまう。

エイタン「約束の土地だって言ってた。だとしたら、ずいぶん不思議な約束だ。」

エデン「約束はいつだって信じているものとは違う。」

 

医者「彼が目を覚ましたら、連絡します。約束する。」

エイタン(回想)「約束する。」

ワヒダの回想の中のこの台詞についてずっと考えている。この時エイタンはワヒダに何を約束したんだろう。日常の些細なことかもしれないけれど、覚えているくらいだからもっと大切なことな気がしている。ワヒダをずっと愛すること、とか、2人の幸せな未来、とか。希望的観測でしかないけれど。

 

レア「ワヒダ、約束して。生き続けるって。」

若いレア「 私たちが約束したこと覚えてる?ダヴィッドの親が見つかるまでは預かろうって。」

エトガール「(前略) 二度とこの国には戻らないと誓った*1んだからな。この誓いは本物だった。」

エイタン「レア。僕は『じゃあ、また』とは言わない。必ず会いに戻ってくる。約束する。」

この作品に出てくる約束のうち、いくつかは、悲しいことに、約束した本人たちは当初本気で守りたいと、叶ってほしいと願っているのに、彼らを取り巻く情勢によってその結果が左右される。場合によっては、破るつもりはないのに、破られてしまう。どうか約束というものが本人の意思を超えたところに奪われませんように、と願う。

 

「名前」

パンフレットにも書いてあるけれど、名前は、この作品における一つのキーワードになっている。私は自分の名前が好きだ。私を呼ぶ家族の声が好きだ。友達が私を呼ぶ時のあだ名も好きだ。名前に優劣は無いし、名前が失われるなんてあってはならないと強く思った。名前が残った象のアンノ。名前が残らない人たち。このシーン、初めて見た時は理解が追いつかなかったけれど、見るたびにワヒダの言葉に感情移入して、怒りや悲しみや絶望が混じり合ったような感情を持つようになった。

 

(ベッドのダヴィッドに語りかける)ワヒダ「私の声を聴いて。私は、ワヒダ。」

「ワヒダ」という名前のアラビア語発音は、きっと、このシーンのイントネーションなのだろう。

ワヒダ「父が死んでから、自分の名前がこんなに綺麗に発音されるのは聞いたことがなかった。『ワヒダ、ワヒダ、どうして泣いている。』」

両親を亡くし、そしてこの台詞から推測するにずっとアメリカで1人で生きてきたワヒダが「自分の場所」でこの言葉をかけられた時の感情を思うと、胸が締め付けられる。

そしてこのイントネーションでワヒダの名を呼ぶ人がもう1人だけいる。ワザーンだ。

ワザーン「ワヒダ。過去には密かに印が付けられている。」

初見の時にはわからなかったが、医師の格好をしたワザーンがワヒダに語りかけるシーンで、彼もこのイントネーションで呼ぶことに気づき、胸にくるものがあった。「生まれてからずっとアラブのものは軽蔑するよう教えられてきた」ワヒダにとって、両親の死後、本当の自分を呼んでくれるのはワザーンと彼を取り巻く世界だったのかもしれないと私は思った。名前があること、名前を母語で呼ばれること。 その大切さ。温かさ。この作品はそれを教えてくれた。

エイタン「憎しみという暴力が名前を消していかないように。」

 

 

「言語」

初めて観劇したとき、予習して行ったにも関わらず、自分の無知を突きつけられた気分になった。知識が足りないせいで、理解ができない場面も少なからずあった。

だけど唯一、ある台詞が私の心を震えさせて涙が止まらなかった。冒頭に書いた、お風呂で泣いてしまったのも、ずっと耳に残っているこの台詞が引き金だ。今も。

エイタン「お父さんの言葉は盗まれ続けた。子供の時に盗まれ、生きている間も盗まれ、死んでからもまだ盗まれようとしている。お父さんにはもう何もない。」

突然自分語りを始めてしまうが、私は「言語」が好きだ。幼い頃からずっと。まるでこの作品に登場するあの鳥のように、異国のものに惹かれ、異国の言葉に惹かれている。言語オタクとまではいかないが、大学の学部も外国語を学びたくて選んだし、そこからさらに数あるゼミの中でも言語学の分野を選び、言語学の卒論を書いたくらいには言葉が好きだ。

だからこの作品を初めて見た日も、その次も、大千穐楽も、毎度毎度心の中で叫んでは涙が溢れた。

「違う、そうじゃない、違う」

これまで、自分が外国語を学んでいたから、あるいは相手が日本語を学んでくれたおかげで出会えた人が数え切れないくらいいる。言葉を共有したおかげで生まれた美しい思い出たちが存在する。大学では消滅の危機にある少数言語を守ろうと、残そうと研究している人達がいた。言葉は儚くて、美しい。

私は学生時代に日本語以外に2つの言語を学び、話してきた*2。社会人になり、学ぶ機会がなくなり、日本語しか使わなくなった時、2つの言語たちが私から少しずつ抜け落ちて行くのを感じて、なんだか自分じゃなくなってしまうような寂しさを感じた。だから趣味として言語学習を再開した。私は、3つの言葉を話すそれぞれの私が好きだ。レベルがどうであれ、通じ合うって嬉しくて、楽しくて、時に涙が出そうになる。その喜びと、世界に無数に存在する言語というものの美しさに取り憑かれて、今も私は外国語を学び続けている。

言語は美しい文化であり、守られるべき遺産であり、アイデンティティだ。奪ってはならない。奪われるようなものであってはいけない。

だから、一つの作品の中の台詞だとしても、言葉に対して「盗まれる」なんて表現が使われることが、言葉のせいで死後の世界で迷子になるなんてことが、悔しくて、悲しくてたまらなかった。

 

初めてこの作品を見た後の帰り道、色んなことを考えながら、「私は何のために言葉を学ぶ?」と自問した。その時の私の気持ちが、決意がスマホのメモに残っていた。

「私は分かりあうために言葉を学ぶ。」

この作品がくれたこの気持ちを、これからもずっと忘れないようにしたい。

 

「みんな鳥になって」このタイトルに祈りを込める。世界中の人が、好きな場所で「ここにいる」と胸を張れるように。

 

 

 

 

*1:「誓う」と表現されているこの台詞に関して、英語版では「約束する」と同じ意味のpromiseが使われている、次の台詞「この誓い」の部分も同じ

*2:誤解のないように書いておくけど、自分の言いたいことを完璧に言えるのは日本語だけなので、全くもってトリリンガルなどではない、日本語も危うい時がある。言語が好きで言語学を学んだくせに誤字も言い間違いも多くて困る

#12 晴れた空に想いをのせて

※このブログ記事は映画『366日』のネタバレを含みます。

 

2025年、始まって1ヶ月も経っていないのに私の情緒はジェットコースター並みに揺さぶられている。

1月9日、映画『366日』の公開前夜祭ライブビューイングのチケットが取れたので観に行く。裕翔くん演じる琉晴にやられるんだろうなというのは見る前から覚悟していたけれど、その予想を遥かに超える良さで心を奪われてしまった。

12日、福岡でJUMPのライブ。自名義で初のとんでもない良席をいただき、そこからパニックである。その日の朝に「ボクらの時代」を見た影響もあって、私の頭の中は琉晴で一杯だったのに、アイドルの中島裕翔くん、さらにはゆーじっくという可愛すぎる生き物をど正面で、わずか数メートルという距離で見てしまい完全にオーバーヒートした。思考停止とはまさにこの事で、終わって何も考えられずぼんやりふわふわした気持ちを抱きながら帰宅したら、疲労がすごかった。もちろん良い意味で。

13日、グータンヌーボで追い討ちをかけられ、そこから余韻に浸ったまま、一週間後の20日には電波ジャックを経てドラマ『秘密』。完全敗北である。もう気づけば10年は中島裕翔くんを応援している身にもかかわらず、彼の表現の幅に毎度驚かされる。否、幅なんて無いのかもしれなくて、もはやそれは際限なく広がる大海のように感じる。

 

アトラクションをハシゴして酔いそうな心で、先日映画『366日』の2回目を見たので、備忘録的に自分の気持ちを書き記しておこうと思う。

2回見てみると2回目の方が泣けた。これは上白石萌歌ちゃんも舞台挨拶で話していたけれど、『366日』は見る度に視点や立場を変えて何度も楽しめる素敵な映画だ。2回目は初見の時よりも、湊や美海の気持ちに寄り添えた気がする。とはいえ、どうしたって私は琉晴に感情移入してしまって、2度とも琉晴のシーンでハンカチを準備した。

 

あるインタビューで萌歌ちゃんが、新城毅彦監督からかけられた「美海が太陽で、湊が月」という言葉が印象的だったと話していた。じゃあ琉晴はなんだろうと考えた時、名の漢字の通り、夏の晴れた青空みたいな人だなと思った。雨が降った時、早く会いたいと願うような青空。混じり気のない澄んだ青空。見上げれば何か良いことが起こる予感さえくれるような、全てを包み込む大きな青空。

 

優しい、なんて言葉じゃ片付けられないくらい大きな愛と強く温かい心を持った人だと思う。沖縄に戻った美海に想いを告げてから、美海が"9歳"になる2024年2月29日まで13年程。その13年が詳しく描かれることはない。122分という限られた時間の映画の中では仕方が無いことだ。でも最後、何も見ていないのに、琉晴が涙ながらに美海に話すあのシーンで、私はその短くも長い年月のことを想像しながらぼろぼろ泣いた。 叶うのならば、この先も目の前にいる愛しい人とずっとずっと長く一緒に生きたかっただろうなと思った。この13年間、陽葵に関することだけでも、きっと色んなことがあったんだろうなと思うと泣けてきた。陽葵が生まれた日、初めてしゃべった日、イヤイヤ期、陽葵が熱を出した日、陽葵の誕生日。一緒に寝て、起きて、ご飯を食べる。積み重なってゆく日常。フィクションの映画に対してやけに現実的に考えてしまうのは、今実際に割と近いところに小さい子供がいて、育てている人を見ているからかもしれない。前から事実としてわかっていたはずなのに、子供を育てるって大変なことだよな、と近くで見ているとより強く思う。

だからこそ、今の私は、湊と美海の日々よりもずっとリアルに想像してしまった。「一緒に育てたい」という言葉、バイクのシーンで美海にかけた言葉、結婚式前日に抱きしめて伝えた言葉、彼のその言葉たちが美海にとってどれほど心強かっただろう。 そして琉晴が、 切ないことに美海や陽葵を失う不安や怖さやあの日の罪悪感さえも抱きながら、どれほどの覚悟と愛をもってこれまでの日々を過ごしたのだろう。

美海と琉晴が劇中最後に言葉を交わすあのシーンが本当に美しくて温かくて幸せで、でも同時にとてつもなく切なくて、思い出すたびに胸が締め付けられる。2回目に見た時、陽葵のセリフや表情の一つひとつから、彼女がこれまで両親から受け取ってきた愛情の大きさを感じて泣いた。帰ってきた陽葵を包み込むように愛しく抱きしめる琉晴の大きな手が優しくて、また泣いた。

 

「俺はお前の味方だからな」

「一生言わないつもりだったんだけどなー」

「絶対美海と陽葵を幸せにするから」

「最後は本当の家族で」

 

愛しい人が笑顔でいることを、幸せであることを願い続けた人。

 

萌歌ちゃんが舞台挨拶やイベント、媒体などで何度か口にしていた「家族で見るのもおすすめです」という言葉が印象的だった。映画を観た今、すごく腑に落ちる。恋愛映画であると同時に、それを超えた大きな愛の映画だなと私は思った。

 

こんなにも琉晴にリアリティを感じてしまうのは、琉晴という人物から感じ取れる大きな愛や優しさを裕翔くんも持っているからだろうなと思う。映画を観た夜、素敵な映画に出会えたこと、そしてまたひとつ、私の人生に彩りが増えたことを幸せに思い、この幸せな出会いとあたたかな感情をくれた中島裕翔くんに感謝した。

#11 瀬をはやみ

2024年がもうすぐ終わろうとしている。

皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

私は約一週間前に親知らずを抜き、頬の腫れを経て、やっと治まってクリスマスのチキンを楽しんだのち、その翌日に今度はインフルエンザになるという年末を過ごし、絶賛自宅療養中である。さっきインターネットで調べて知ったのだけれど、「年の瀬」の「瀬」という言葉は川の浅い部分を指し、そこは流れが速いので、「年の瀬」は「慌ただしい年末」という意味らしい。私の2024年末、年の瀬どころではない。瀬なんて綺麗なものではなく濁流って感じ。

 

インフルエンザに罹ったといっても既に熱は下がり、若干倦怠感があるくらいなので、やることが無く、こうしてキーボードを打っている。実家暮らしという恩恵を受けぬくぬくと生活しているので、母に感謝しかない。

体調を崩したにもかかわらず食欲だけはあるので、本当に厄介かつ幸せな身体だなと思う。運動など何一つせずただ寝ているだけなのに、お腹はすく。こういう時に少しでも良いからこれまで連れ添ってきた脂肪たちが減ってくれればいいのに、なんて思う一方で、今日も母が部屋まで持ってきてくれたおやつをきれいに平らげた(一応隔離されている)。最近おやつを控えていたのに、である。療養して健康になっているのか不健康になっているのかわからない。年末年始など関係ない仕事をしているので、療養期間を終えたら年末にまた仕事に戻るのだが、このままだと少しふっくらして周りに何か疑われるのではと思うくらい食べている。

 

とまあ、こんなに元気に(?)過ごしているので、2024年を振り返ってみようと思う。

 

1月。PULL UP!の大阪、福岡公演。もうかれこれ10年くらい仲良くしてくれている大好きな子と初めて連番して、一緒にご飯食べてほんっとうに楽しかった。初めての福岡、食べるものが全て美味しく感動した。その写真をXに投稿したら、以前繋がっていたけれども一度Twitterを辞められていた方とまたXで繋がることができて嬉しかった。またいつかお会いしたいなと思っていたら、ちゃんと縁って繋がるものなんだなと思えた。

2月。大好きなチョコレートの季節。振り返りをするためにX、Instagram、写真フォルダ、いろんなものを見返したところ、ほとんどがチョコレートに関するものだったのでチョコレートを爆買いして食べていた記憶しかないのは当然だった。

3月。モネ展に行ったり、仕事の出張でイベントに行ったりと、インプットが多かった1か月。自分がこの先やりたいことってこれかも、と少し道が開けた気もする。そしてうるジャンの最終回。寂しかったな。またやってほしいな。

4月。東京輪舞。この素晴らしい舞台に関してブログ記事を1つ書いてしまえるんじゃないかと思う程、私にとっては衝撃であり、ある種の「救い」だった。(この言葉を使うのは変なのかもしれないし、それを説明するには私自身や私を取り巻く背景についてもっとオープンになる必要があるのだと思うけど、私の心がまだその段階に至っていないのでやめておく。)ただひたすらに髙木くんと清水くるみさんの演技力、脚本の素晴らしさに圧倒され続けた2日間だったし、その後も、なんなら今でもあの舞台に思いを馳せている。

ネムーンインベガス。楽しすぎる世界観だし、曲が大好きだった。観劇初日は伊野尾くんの歌い方がミュージカルだ!と感動し、松田るかさんの可愛さと歌唱力の高さに驚き、何よりラストシーンの多幸感によって私の人生幸福度もかなり上がったと思う。初めて行ったブリリアホール、とても素敵だったし、池袋で素敵なカフェと美味しいケバブ屋さんに出会えた。

5月。ベガス大阪公演に2回。SkyシアターMBS新しい建物で、入ったロビーとか、物販のところと階段の感じとかすごく好きだった。また行きたい。母と妹と水族館にも行った。水族館大好きなのにいつも決まったところしか行かないので、訪れたことのない水族館もこれから巡ってみたい。

6月。好きなお笑い芸人さんのライブに初めて行けた。お笑いライブに行くの自体初めてで、誰かを誘う勇気が無くて1人だったけど最高に楽しかった。東京に行くのは交通費やスケジュール含めハードルが高いけど関西であったらまた行きたい。

7月。あまり写真やつぶやきや日記もなかったので日常の繰り返しだったのかなと思う。阪急百貨店でやっていたハワイフェアに行った。色々買って、持って帰って祖父母含む家族みんなで食べたのが楽しかった。

8月。いつか行ってみたいと思っていた出雲に行ってきた。出雲大社の素晴らしさは言うまでもなく、田んぼの広がる風景や街並みが心落ち着く場所だった。優子ちゃんのYouTubeを見てから絶対行くと決めていた出西窯で素敵なお皿たちに出会えていくつかお迎えした。出西ブルーと呼ばれる青が美しくて、どんなお料理にも使えるので今年出会えて良かったものの1つ。あとは、初めて食べた「赤てん」がとっても美味しくて、次行くことがあったら買って帰ろうと決めている。

そして何といっても8月は中島裕翔くんの誕生日があるので、毎年それだけで楽しい1か月なのだ。推しというものはすごい。

9月。仕事で大きな変化があった月。自分自身のやることや立ち位置は何一つ変わっていないけれど、上司や周りの人、体制やルールが変わったので色々と緊張しながらやっていた。UMPの発売もあった9月。ファンとして、こんなに嬉しいプレゼントはないなと思う。嵐もJUMPもこれまで応援してきた中で、シングルってほとんどがタイアップだなと思う。そんな中、タイアップじゃないという特別な楽曲をUMPにしてくれたこと、嬉しくてたまらなかった。

10月。アルバムとツアー、フィギュア、フリフラのペンライト、セルフプロデュースアクスタ。情報の嵐。情報過多にもほどがあると言いたくなるほどの供給量。嬉しくて嬉しくて、やっと大好きな季節が来た、という感じがした。一方で、大きな出来事で言うと月末に祖父が亡くなった。祖父は以前から闘病しており、聞いていた状況からも色々と心の準備はしていたので、大きな悲しみに襲われることはなかった。寂しさは勿論あるけれど、感謝や温かい気持ちを持ったまま良い時間を過ごすことができ、ちゃんとお別れができて良かった。

11月。tick,tick...BOOM!を観劇。見終わった後楽しくて、でも同じくらい切なくて、苦しくて、でもやっぱり楽しかったな、なんて思って、こんな複雑な感情に出会えるんだと驚いた。3人の歌の温度みたいなものがダイレクトに伝わってくる素晴らしい舞台だった。アルバム発売とサブスク解禁も嬉しかったな。

12月。怒涛の今月。職場で「健康には気をつけましょうね、色々流行ってますからね」などと他の人に言い始めたときに限って自分が体調を崩すのはもはやジンクスなのか?と思えてくる。本当に恥ずかしい。

そもそも、私の12月の予定はツアー初日名古屋のライブに行くことだけだったので、それを楽しみに生きていた。それなのに、11月末頃から奥歯のあたりが痛み出し、もしかして…と不穏な空気を感じ歯医者に行ったところ、案の定親知らずで、しかも「斜めに生えてるので大きな病院紹介しますね~~~!!」とクセ強めの男性医師にニコニコで紹介状を渡された。ライブ前に腫れたくないという一心で、何とかライブ後の日程で空いている枠を探してもらって歯医者を予約。抜歯後、おかゆやゼリーのみを食べる期間を耐え、マスクで腫れた頬を隠す期間も終えたと思ったら、発熱。もうコントの様。ちなみに同時期に生理期間も来たので、私の身体は可哀そうなことに、歯を失い、かなりの血を失ったと思ったら今度は強めのウイルスに侵入されて装備なしで闘わなければいけなくなったらしい。そう考えると、冒頭に書いた「食欲が止まらない」というのも許してあげなければいけない気がしてきた。こうやって、今日も私は三食残さずきれいに食べた。

 

こう振り返ってみると、2024年は変化の1年だった。家のことも仕事のことも、変化が多かったなと思う。変化は正直良いことばかりではないし大変だったけど、楽しかったな。来年は、もうすでに楽しみなことがいくつかあるので良い年になること間違いなし。

皆さんも、健康にはお気をつけて素敵な年末年始をお越しください。

#10 六月のひとりごと

気付いたら前の更新から1年近くも経っていた。部屋の掃除をしていて、以前使っていたノートと出会ったような気分。思いつくままに久々に書いてみようと思う。

 

1年前は環境がガラッと変わった時で、とにかく必死で、打たれ弱いというか、とりあえず目の前に出てくるミッションに正面衝突していくしかなくてその度に心折れていたような気がする。だけど、1年経つと良くも悪くも慣れてきて、立ち向かうべきものとそうでないものを判断できるようになってくる。

年を重ねるにつれて1年がすごく早く過ぎるようになると言われているし、それを実感する時もあったけれど、同時にこの1年は苦しいことも楽しいことも、全ての経験がとても濃くて、長い旅のようだった。何となく以前から、24歳の時には何か大きなことが起こるような気がしていて、その感覚は正しかったんだなと不思議な気分になっている。大きなことが起こるというよりは1年そのものが濃かったという結果だったけど。

 

そういえばこの4月で入社して丸3年が経った。このご時世、職を変えるのは当たり前、みたいな流れさえあるし、大学時代の友人はご飯に行く度「転職したい」と言っているし、「転職考えないの?」とよく聞かれる。自分でもよく続いてるなと他人事のように考える時がある。働いている中でこんなはずじゃなかった、とは何度か思っているけれど、それでも辞めていないのは出会った人たちのお陰だ。昔から人との縁には恵まれている。ありがたい。

 

 

#9 辛いスパイス、甘いスパイス

以前の投稿から3ヶ月も経ってしまったわけだけど、この3ヶ月間は結構しんどい期間だったな、と思う。

 

環境が変わった。というか役職が変わった。あなたならできるよ、と大好きな先輩方(本当に良い人たち)が与えてくれたせっかくのチャンスだし、と思って挑戦して、実際に環境が変わるまでは良かったな、と今振り返れば思う。5月、今まで教えてくれていた人がいなくなって、実際に1人で動き出してからが色々すごかった。中身はちっとも成長しないのに、装備だけが強くなって(肩書だけは良い)、レベルの高い敵と戦ってこい、と言われた気分。いやいや、こっちはもう少しスキルとかレベル上げしてから戦うはずだったんだけどなー、と思いながら、精いっぱいで過ごす毎日。優しい言葉をかけられると、すぐに泣いてしまいそうだった。

 

まあそんなこんなで、しんどかったけど、ずっと水の中でもがき続けていたけど、7月になってやっと息継ぎの仕方がわかってきた。まだ苦しさを感じる時も少なからずあるけれど、私の場合は、何事もコツと要領を掴めば、少しは生きやすくなるタイプだ。この苦しかった時間も、人生を美味しくするためのスパイスだったのかなと今なら思える。

 

スパイスといえば、最近、食生活の中でもプチブームがやってきた。まずチャイにハマった。いろんなチャイベースやチャイの素を買ってはお家で試している。いろんなタイプがあって面白い。今度は茶葉から煮出してみたいな。

心の余裕が生まれたのもあって、お休みの日に久々に映画を見に出かけた。お昼ご飯をどうしようかなと思ってぶらぶらしていたら、麻辣湯のお店に出会った。以前、女優の吉川愛ちゃんがYouTubeで紹介していたのを見たことがあって、食べてみたいなと思っていたので、同じお店ではないものの、お店と出会った瞬間、完全に「初麻辣湯チャレンジ」の気分になっていた。

食べるまで、麻辣湯はキムチ鍋と同類だと勝手に思っていたけど、それは大きな間違いだったと気づいた。ピリ辛なのは想像通りだったけど、その奥にいるスパイスたちの旨みがたまらなく美味しい。新たな扉を開いてしまった気分。

最近インドカレーや薬膳カレーも食べたいなと思うことが増えたし、なぜかスパイスの世界に誘われている。

 

こんなことを書いていて思い出したけど、今年2月に購入したチョコレートの中にスパイスのチョコがあったり、クッキー缶もスパイス満載だった。

 

今年はスパイスと出会い、スパイスが度々振り掛けられる年なのかもしれない。でも、辛さも、甘さも、どんなスパイスでも適量であれば料理を劇的に美味しくさせるんだなと思うと、ちょっとくらいそんな時があっても良い気がする。

 

今度のお休みは、インドカレーを食べに行ってきます。

#8 クリームドーナツの中身

最近家の近くにできて、ずっと行ってみたかったパン屋さんに朝から行ってきた。塩パンと、カスタードクリームドーナツ、後は名前をはっきり覚えていなかったけど「胡桃となんとかのパン」。ちなみにパンの中でも特別塩パンと胡桃の入ったパンが好きで、初めて行ったパン屋で塩パンとか胡桃、と名前に入ったパンがあると必ず買ってしまう。

 

家に帰ってきてから楽しみにしていた塩パンを食べる。大正解。上に粗めの塩がのっているのも、周りがカリッ、中がジュワッとなるのも、塩加減も最高。ああ、出会ってしまった。もう自分の好きな塩パンを求めて遠くまで行く必要がなくなって嬉しい。

 

おやつに母と一緒にカスタードクリームドーナツと「胡桃となんとかのパン」を食べようと思って、茶色の紙袋をのぞくと、めちゃくちゃ見た目が似ている。というかほぼ同じ。困った。まあどちらも半分ずつにして母と食べるつもりだったし、味でわかるかと思った。一つ目。たぶんカスタードクリームドーナツ。これが本当に美味しかった。カスタードクリームがこれでもかと詰め込まれていて、お店のトングで持った時も感じていたけれど、手で持ってみるとずっしりとその重みを感じる。なのに、カスタードが甘すぎない。バニラの香りがふわっと広がって幸せの味。うわー、美味しいね、これなら半分こしなくても一個食べられるよね、今度また買いに行こうと話しながら二つ目。こっちが胡桃だ、と思いながら割った。溢れ出るカスタード。あれ、と思いながら二人共食べ進める。こっちの方がちょっと小さかったし違うパンだよね、生地に胡桃が入ってるんじゃ、と話しながら食べ終えた。二人とも少し考えこんで沈黙の数秒の後、同じじゃない?と母が笑い出した。同じだった。どうやら、違う商品の札がついていて、私はお店の中で違う二箇所に置かれていた、全く同じカスタードクリームドーナツをそれぞれの場所から一つずつ、計二つ買ってきたらしい。私と母は、全く同じ二つのドーナツをそれぞれ半分に割って、結局一人一つ食べるという、謎行動をしてしまった。後でお店のSNSで商品画像を検索したら、「胡桃となんとかのパン」は全然見た目が違って二人で大笑いした。

 

今度はちゃんと、「胡桃となんとかのパン」を買ってこよう。そしてクリームドーナツは一人に一つ。